中二の六月頃に転校生が来た。
服装で小学生とは間違わなかったが彼女の背丈はどう見ても小学生だった。
なんか体に色々あるのか、体が小さい上に病弱で生まれつきの弱視だったらしい。
紹介を聞いたときは大変なヤツもいるんだなー位に思ってたが、保健委員の俺は体育の時間に貧血で
倒れる彼女を日陰や保健室につれてく度に改めて大変なヤツなんだなーと思った。好きになるのに時間は掛からなかった。

ある土曜の4限目の授業が体育でその日も彼女は倒れ、普段より具合が悪かったみたいだったので
先生が保健室に連れて行くように俺に言って俺と彼女はそれに従って保健室に向かった。
だが先生は今日が土曜で保健の先生がいないことを失念していたらしい。
普段は先生がいるのに今回はいない、保健室に男子と女子が二人っきりのシチュにテンパッた俺は
具合の悪い彼女をなんとかせねばと思って見よう見まねで氷嚢を作ってみた。
「すまん・・・先生おらんの忘れてた。とりあえず・・・・・・これ」
「え、あ、うん。あんがと」

この時はこれでも初めてまともな会話をしたと思った。
声を掛けるときなんて陰か保健室に連れてくときぐらいなもんで「じゃ、いくか」とか「じゃ」
位で、向こうも「ん」とか「うん」くらいだったから。

ここにいても気まずいだけなので先生を呼んでくるとか言って速やかに退散しようとしたのだが
彼女が氷嚢が冷たすぎやからタオル取って、と言ってきてヒヤリとした。
横に干してあるタオルを丸めて彼女の座るベッドに投げたんだが寸前で落ちた。
「すまん」とか言ってタオルを取りに行こうとしたんだが彼女が床のタオルを拾おうとして、そこで彼女が落ちた。
鈍い音がしたので慌てて寄ってみると彼女が起きあがるところだったんだが一目見てすぐ分かった。
よくわからんが顔色が相当ヤバイ。今まで近くでよく顔を見る事なんてなかったので俺は一掃テンパッた。
兎に角謝って彼女の手を取り、そこで異様に手が細いのが分かった。
「ごめん。大丈夫か、お前」
目が俺を見てなかったので声を掛けたが「・・・・ん・・・・・・・・・」としか反応しないので起こして慎重にベッドに寝かせた。

先生を呼ぶ前にする事があるかと思ってまず保健室の窓を全部開けて風を入れた。
それから氷嚢をタオルでくるんで彼女の頭に当ててみた。
「あ・・・・あんがと」
まともに反応したっぽかったので氷嚢を彼女に持たせると自分の麦茶のことを思い出した。
夏場の体育の時間は脱水症状にならないように大抵の生徒は水筒に麦茶を入れて授業に持ってきていた。
俺は彼女を保健室に連れてきたついでに冷蔵庫の氷を拝借して茶でも飲もうかと考えてここに水筒を持ってきていた。

なんとなく生ぬるい水道水よりはマシかと思って洗面所のうがいコップに茶を注ぎ氷をひとつ入れて彼女に渡した。
「これ、俺のやけど飲むか?お前顔やばいよ」

「・・・・・・あんがと」
そう言って彼女はコップを受け取ると、そこで少し目を丸くしてそれからベッド脇にある箱ティッシュを俺に無言で差し出した。
「・・・・・え?」

「・・・・ふふっ、あんた鼻血出とるよ。何考えてん」
この時の俺にとっては冗談じゃなかった。彼女に微笑みに改めて一目惚れしちまったな。




多分この出来事で結構彼女との距離は狭まって普段から少しずつ話すようになった。
このあと、わざわざ車で帰った彼女が次の日にはケロリと普段のように戻ってて、俺の鼻血話を言い触らすようになる。
まじで冗談じゃなかった。

体も弱く小さい彼女だったが遠いところから来た転校生らしく、俺が教室で見る限り普段は活発で他のやつよりも若干ませていたように思う。
ヘンナウワサに成りかねない俺の鼻血話を言い触らすあたりも彼女だからこそだったと思う。

夏の日射しが強くなってきて彼女は必ず途中で抜けるようになった。
もう一人保健委員はいるので毎回俺が着いていくわけでもなかったが、よく日陰や保健室に言った。
公然ではほとんどの会話もしない俺と彼女だったが、この頃には二人だけのようになると普通の友達のように話すようになっていた。
最初はよく見る彼女の体操着姿に劣情がなかったわけでもないが、話してみると面白い彼女に
いつの間にかそんなものは薄れていって自分でも不思議に思ってた。
彼女も二人だけのときは気兼ねないようでこういう時間は純粋に楽しかった。




ある日の放課後、委員会の用事で保健室に来た俺はそこで淡々と自分の腕に注射をしている彼女を見てビビッた。
あんな風に、いきなり「これから毎日自分で注射しろ」と言われても俺は出来ないなと思った。
彼女の注射が終わって一緒に保健室を後にしたとき、何を注射したかもどうしてするのかも聞かなかったが、
心配になって「お前、大丈夫か」と聞くと、たまにしなければならないということを教えてくれた。

「へー、私の心配してくれんの?」
彼女はおどけた様子だが注射する彼女にまだショックを受けていた俺はクソ真面目に「ああ、すげー心配」と言った。
丁度階段を降りるところで俺は数段降りたが、そこで彼女は立ち止まった。
「ど、どうした」とまた具合が悪くなったのかと若干狼狽えた俺だったが、彼女は俯いて動かなかった。
陽も傾いてきたところで踊り場の窓の夕日の光のせいでなんだかドラマみたいなシーンだと思った。
「・・・どうした?」
彼女は話してた時と打って変わって黙り込んでしまったので不安になった俺は彼女の所まで戻って顔を伺おうとする。
俺が近づくと彼女は一掃俯いたかと思うと、ふと横に来た俺をまっすぐ見て呟くように言った。



「・・・ねぇ・・・・・・・私・・・・・・・・・・・・・・・・・・あんた好き」



俺が固まる番だった。
彼女との今までのこと全部思い出してすぐに消えて、なんか言わないとと思うが何故か顔が赤いことが気になった。
まともに彼女が見られなくなったがちゃんと見てなんか言わないとと思うが動けなかった。

「・・・・・・・・・・・ねぇ・・あ・・・・・・あんたは?」

彼女の不安が混じった声にようやく動いた。見ると彼女が小さかった。俯いて表情がわからないが綺麗な髪から覗く耳は真っ赤だった。

「・・・・・・・・・・・・・・・俺も・・・・お前、好きやよ」
耳鳴りが凄くて周りの何もが聞こえない。
「よかった・・・・・・」
そう言って彼女は俺の手を掴んで俺を見た。
目を潤ませて、強ばった表情からがんばって微笑もうとする顔がそこにあった。眩しかったのは夕日の所為だけじゃなかった。

「・・・・・ホントに?」

「・・・・・・うん、好きやよ」







手を繋いだまま揃って生徒玄関を出てようやく彼女が喋った。
鼻血事件の保健室の時から好きになったこと、体育は最初から抜けてれば良かったのにわざわざ俺といるために途中で抜けていたこと、
俺の反応が薄くて不安だったこと、心配してくれたのが嬉しくてクラッときたこと。

「・・・・・・・あんた優しすぎなんよ・・・」

そう言った彼女にクラッときた。手を強く握って心持ち自分の方に寄せようとしたら彼女からよし掛かるように寄ってきた。
「・・・・・私さ、こんなにちっちゃいよ。あんたの肩くらい・・・体も弱いし・・・へンじゃない?」
俺としては何を今更なのだが彼女も少し気にしていたらしい。正直言って可愛さ100倍だ。



一緒に歩いてて夏の制服越しに彼女の体温と感触を感じる、女子特有の甘い香りが気持ちよくて幸せで堪らなかった。
俺の知っていた、普段の明るい彼女と今のしおらしい彼女のギャップがとてつもなかった。
俺の陰にいる彼女を見ると今更になって忘れ去られていた劣情が熱を持つ。
いつの間にか学校に近い十字路の交差点の横断歩道の前にいた。周りを見回すが誰もいない。
もう勢いしかなかった。

「・・・なぁ」

「ん?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・キスしていいか」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・いいよ。キスして」
彼女は精一杯背伸びして顔を真っ赤にして目を閉じた。色んなものが入り交じって震えてた彼女は今も目に焼き付いてる。
耳鳴りが鳴りやまない。
体が密着するほど強引に抱き寄せると彼女が熱の篭もった息を漏らした。もう抑えられなかったんだ。



まだ一四年しか生きてないと言うのに、こんなに人を愛しく思うようになるとは思いもしなかった。






「私さ・・・・・・・・幸せやよっ」
恥ずかしいのか、おどけるように彼女がそう言った。

「俺も・・・・・・・幸せだな」

「ぷっ、“だな”って・・・・なにかっこつけてんの」
普段は「〜やな」と言うのに今だけカッコつけて「〜だな」と言ったのが可笑しかったのか、彼女が
いつもの調子をとり戻したらしい。しおらしい彼女も可愛かったが元気な彼女も可愛かった。



「――――言っとくけど、アンタ格好よくて好きになったんじゃないからね」

「ひどいな。全然?」

「うん、全然。ポイント高いのは優しいとこだけ」

でも好き、と彼女の照れくさそうな笑顔が言っていて、その恥ずかしそうな顔を見たらいたずらしたくなる。
「ホントに、一つも?」
俺は顔を真っ赤にしながらもそっと彼女の耳元まで近づいて呟いた。


「え・・・・・・・あ・・・・・でも・・・・・・・さっきのは少し格好良かった・・・・・・かな」

そこで俺は息が荒くなるのを抑えながら彼女の肩をそっと、しっかり掴んだ。ここでキスしても変じゃないよな。
はっと彼女が肩を震わせて息を呑んだ。

今度はドラマの見よう見まねで少し首を傾げて、ゆっくりと。



「・・・・・・・・ふぅ・・・・・ん・・・・・・・・・・・・・・・・・・へ、変な声出たやんかぁ」


抗議するような照れくさいような顔が可笑しくて、自分たちがバカップルになってしまったのが可笑しくて二人で笑った。
続く帰り道を分かれるまで手を繋いで歩いた。彼女の顔を見てると改めて思う。こいつは本当にかわいい。



「ねえ、夏休みにどっか行こ?」

「夏休みに?・・・どこ行きたい?」

「あんたは?」

「えーっと・・・海とか?」

「あー・・・・・・・・・海とか駄目なんよ、太陽の光が強いからすぐ暑くなるから」

「ふぅーん・・・・俺がパラソル持って一緒にいてもか?」

「ええっ?パラソルってあの大きいやつじゃん。持って歩いたらヘンやし、変人やねっ」

「でも一緒に行けるやろ」
「まあ・・・・・・・でも日焼けとかも酷いんよ?火傷みたいになる」

「じゃあほら、日焼け止めクリームみたいのは?」

「あれは海行く前に塗ってから服着たら薄くなってダメなんよ。それに背中に届かんし・・・」

「ふぅーん・・・・・そうか・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・あっ、・・・・・・・・・じゃあ・・・あんたが塗ってくれる?・・・ふふっ」

「ええっ・・・・・・・・・・・そりゃぁ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「ねえ、またアンタ鼻血出てるよっ、ふふっ」

「え、うわっ」






おしまい